PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
近年の世の中で増加傾向にあるとされている発達障害。発達障害を持つ人々は⽇常の中に「⾒えにくさ」や「歪み」といった視覚認知に関する課題を抱えていることが多く、それらの解決は容易ではない。そんな人々と向き合い、障害者⽀援に取り組んできたデコボコベースの北川⽒に、発達障害にまつわる現場の課題や早期療育の必要性、障害と視覚認知における関係性についてお話いただいた。
北川氏の経歴
——今回は、療育分野において発達障害を持つ⼦ども達が抱える課題について、視覚認知の観点からお話しいただきたいと思います。はじめにこれまでのご経歴についてお教えください。
デコボコベースのCQOを務めています、北川と申します。
学⽣時代は哲学者になりたいという思いがあり、東京⼤学⽂学部の思想⽂化学科というところに進学しました。しかし当時の僕は、大学院への進学に必要なフランス語がすごく苦手で、大学院からはフランス語が必要なかった教育学研究科に転部してしまったんですね。その中でも、最も興味のあった社会教育、つまり学校以外での教育を中心に研究する分野を専攻し、そのまま博士課程までですから、30歳くらいまで大学院にいました。
学部生のころからずっとアルバイトで塾講師をしていたり、教育分野への興味から教員免許を取ったりしていたこともあって、どこかで一度は「学校の先⽣をしてみたい」と思っていました。しかしいざ教育学部に⼊ってみたら全く性に合わなくて。教師として現場に出て、⽣徒と関わり続けてきたわけではない⼈たちが教育を語る、ということに何か気持ち悪さがあって、どうしてもそれについていけなかったんです。
モチベーションがあまりなかった割に5年も⼤学院に⾏ったのですが、「もういい、自分は現場に出る!」と限界を迎え、その後学校の先⽣になりました。学校は学校でも、社会教育の一分野でもあった「通信制の学校」で働こうと思い、茨城の⼭奥にある通信制高校に就職しました。
その学校は、小泉改革によって誕生した、特区制度を使った「株式会社立」の通信制高校だったのですが、就職してから最初にしたことはテレアポという、⼀般の⾼校教師ではなかなか体験できない業務を2ヶ⽉ほど⾏いました。その後は、普段は全国に散らばっている⽣徒を茨城に集めて、3泊4⽇の合宿形式のスクーリングを行うのが主な業務でした。もう10年以上前になりますが、当時はいわゆる不良っぽい子ども達が7割くらいで、発達に凸凹のある⼦ども達が3割という感じの構成でした。そんな⼦ども達に対して毎週、修学旅⾏の引率をしていたような感じです。
昨今では、⽇本の私⽴の通信制⾼校というのは発達障害を持つ⼦ども達の受け⽫みたいになってきているんです。僕が勤めていた頃はまだ不良っぽい⽣徒も多くいましたが、現在はすごく減っていて、7割くらいが発達系の⼦ども達だと⾔われています。
当時も、診断を持っているわけではないけれど、恐らくはいわゆる発達障害に該当するんだろうと思われる⼦ども達がたくさんいました。そういった⼦ども達に出会った時に、「この⼦達と⼀緒にいることが、僕の⼈⽣の役⽬だな」と思ったんです。
それもあって、⾼校の先⽣を辞めて、発達障害や知的障害を持つ子ども達を専⾨とした塾の先⽣になり、個別指導と教材作りをやっていたのですが、そこで現在の仕事であるハッピーテラスに出会います。ちょうどその時、ハッピーテラスというブランドがフランチャイズとして全国展開し、その際に使⽤する教材作りができる⼈を探している、というお話をいただいたんです。それで僕はハッピーテラスの教材屋さんになり、発達障害児⽀援の教材を作っていくうちに、⽀援の専⾨家としてブランドの総責任者となり、今は最高品質責任者CQO兼、執行役員として「⽀援の質」の担当をしている、という形になります。
北川庄治|SHOJI KITAGAWA
デコボコベース株式会社 最⾼品質責任者CQO。中学・⾼校の教員免許と公認⼼理師の資格を持ち、NESTA認定キッズコーディネーショントレーナーの資格も持つ。また⼀般社団法⼈ファボラボでは代表理事を務め、発達障害者⽀援の専⾨家として活躍。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
デコボコベースの取り組み
——デコボコベースはどんな事業をされている会社でしょうか?
私たちの会社はデコボコベース株式会社といいまして、「凸凹が活きる社会を創る」というビジョンを掲げ、 主に障害者福祉の仕事を中⼼に⾏っている会社になります。
事業のメインとしては5つのブランドがあり、公共事業の⺠間受託をフランチャイズで⾏っている企業です。具体的には、 就学前の障害のあるお⼦さんを対象にした「ハッピーテラスキッズ」という児童発達支援事業や、⼩学⽣から⾼校⽣を対象にした放課後デイサービス事業「ハッピーテラス」、またそれより年齢が上で準引きこもりの⽅などを対象にした⾃⽴訓練の「ディーエンカレッジ」という事業です。
その他にも、例えば⼀度鬱などを患われて仕事から離れたけれど再復帰されたい、再就職を⽬指したい、という⽅などを対象にした就労移⾏⽀援を「ディーキャリア」という事業で⾏ったり、同じく就労⽀援ではありますが、内容が作業中⼼となっているバージョンの「ディーキャリアワーク」があります。
これらのブランドが、現在ではフランチャイズも含めて全国で約220事業所あり、こういった福祉関連に取り組む企業では全国で2、3番⽬の規模です。 会社の成り⽴ちとしては、弊社の創業社⻑である上は⼤学⽣時代に会社を⽴ち上げた学生起業家で、バリバリのベンチャー社⻑でした。そして東⽇本⼤震災が起こった時に、当時の会社でボランティア活動に取り組んだことをきっかけとして、新しく福祉事業を始めました。しかしこの事業はなかなか利益が出ず、上場企業だったこともありこの事業を終わりにして欲しいと⾔われていたらしいのですが、上はそこで事業を諦めず、むしろ他に⾏っていた事業を全て手放して、福祉事業だけ持って改めて一から別の会社を建てました。それが今のハッピーテラスの始まりです。
そして、なぜこれらの福祉事業をフランチャイズという形でやっていこうとしたのかというと、上としてはまず「福祉事業というのは基本的にお⾦儲けのためにやるものではない」という考え⽅なんです。
飲⾷店のようにお客が来ただけ儲かるというタイプの事業ではないため、お金をかけて直営店を全国にどんどん出店するというのは簡単ではないし、その地域のためにもならない。そうではなくその地域に想いのある⼈に利益だけではなく情熱と責任感を持ってやってほしい、という考え方から、フランチャイズという形を取っています。
また⾃分たちはこのような新しいフランチャイズの在り方を「ソーシャルフランチャイズ」と呼んでいて、想いのある⼈たちの⼿で事業を全国に広げていき、それらをインフラ化していく。そこにあるのは本部からの強い縛りではなくて、「みんなでいいことをやっていきましょうよ」という気持ち。そんな⽬的でソーシャルフランチャイズを広げていっているのが弊社です。
最近ではデジタル系の事業も始めており、発達障害者⽀援のための情報発信や、事業所紹介のまとめサイトなど、障害者福祉の実践とよい相互作用のある事業に取り組んでいます。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
社名が志す世の中への思い
——「デコボコ」という名前はとてもインパクトがあるように感じますが、なぜこのような表現をしようと思ったのですか?
「デコボコ」という会社名に対しては、表現がストレートすぎるんじゃないか、というふうに突っ込まれることもよくあります。
僕達の顧客はいわゆる障害者と呼ばれる⽅達で、その中でも特に発達障害という部分にピントを当てて⽀援の仕事を⾏っています。ですが最近では、「実は発達障害は障害ではないのでは?」「脳の構造が健常者と呼ばれる⼈たちとは異なるだけなのでは?」とも⾔われるようになってきているんです。
例えば、世の中に左利きの⼈は1割程度いるとされていますが、発達障害者の存在割合もだいたい同じくらいだと⾔われています。右利きの⼈と左利きの⼈の違いというのは、脳の構造の違いです。しかし世の中では、左利きの⼈を障害者であるとは認識しません。発達障害もこれらと同じように、 多数派の⼈と脳の構造が違うだけで、それは障害ではないのではないか?という考え⽅が世界的に広まってきています。
これまでの社会は、⼀般的、平均的と呼ばれるような「凸凹の⼩さい⼈達」にとって暮らしやすい世の中になるように作られてきました。運動の得意不得意や、⾝⻑の⾼い低い、先述した利き⼿など、全ての⼈に必ず凸凹は存在します。この社会は「一定以上に凸凹の⼤きい⼈たち」にとって暮らしにくい世の中であっただけで、裏返せば「一定以上に凸凹の⼤きい⼈達=障害者なわけではないのでは?」というようにも考えられると思うんです。
これから最新の知識や技術を使って社会の側を変えていけば、凸凹がある⼈も別に普通に⽣活できるようになるでしょうし、そうなれば発達障害というのは障害ではなく発達の凸凹にすぎないと捉えることができるでしょう。凸凹と呼ばれる個性や個⼈差は誰にでもあるものですから、そう凸凹がある全ての⼈にとって安⼼安全な基地になれるように、という意味でデコボコベースという名前を付けています。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
発達障害者の脳機能
——脳の構造が違う、ということがクリティカルに直面する課題にはどのようなことがあるのでしょうか。
脳の作りが多数派と違うと、人間は脳で考えますから、物事の考え⽅が多数派とは変わってきます。そして、この考え⽅が違う、ということは外からは見えません。そうすると、その人の考え方は周囲から理解されにくくなり、社会から排除されることにつながってしまうんです。
例えば、隣に座っている⼈が急に⾎を吐き出し、⾃分に⾎がかかったとします。多くの⼈はこういう状態になった時、まず「⼤丈夫ですか?」と隣の⼈の⼼配をするリアクションを取るでしょう。しかし、⾃閉症の⼈達の中には「わ! ⾎がついてしまった!」という反応をはじめに⽰す人が出てきます。
⾃閉症とは「⾃分に閉じる」と書きますが、僕の経験からすると、「考えの出発点が常に⾃分から始まる」というようなイメージです。まず⾃分の状況を記述し、次に周囲の情報を記述するという順番で物事を捉えます。そういう「考え方」なんですね。つまり、隣の⼈を⼼配していないわけではなく、先に⾃分の状況を捉え、説明しようとする、というだけなんです。
先ほど「多くの⼈がまず他⼈の⼼配をする」と⾔いましたが、それは⼈間が群れで⽣きる動物として進化してきたことが理由として挙げられます。群れで生きる動物は、群れの仲間に緊急事態が起こると、⾃分より他⼈を先に気遣うようしないと、群れ全体が生き残っていけません。多数派の脳は、そのように「チームプレー向き」にできているんです。ですが、⾃閉症の⼈は脳みそがソロプレイヤーの性質を強く持って⽣まれてきます。ソロプレイヤーはまず⾃分の状況を描くことから始めるので、今⾃分はこうだ、だから周りはこうだ、というふうに物事を捉えます。「⾃分に⾎がついている。ということは隣の⼈が⾎を吐いた。⼤丈夫だろうか?」 という流れで物事を彼らは捉えているだけなんです。
これはただ順番の問題で、他⼈を⼼配していないこととは全く異なるはずなのに、他⼈の⼼配が先に来る多数派の⼈たちからは、「⾃分のことしか考えていない⼈だ!」と勘違いされてしまうわけなんですね。そういった勘違いによって、その⼈達を何百年と「障害」という枠に⼊れてしまっていたかもしれない、というのが今世界的にわかってきていることで、このように障害者と呼ばれる⼈達を理解することができたら、その⼈への⾒⽅は変わってくるかもしれないですよね。考え⽅の順番が違うだけなのに、「ちょっとやばい⼈」という感じでこれまで社会から排除されてしまっていた⼈たちがいたとします。しかしその時に「この⼈は⾃閉なだけかもしれないな」と周囲からの理解を得ることが出来たら、その⼈はもっと「活きてくる」と思うんです。
こういう社会を作っていくことが「凸凹が活きる社会を創る」ということだと考えているのですが、現時点ではまだまだこの考え⽅が世の中に浸透しているわけではありません。だからこそ僕たちがそのためのインフラとして事業所を整えていくことで、僕たち自身が社会全体を変えることはできなくても、僕たちが関わった⼈たちの半径10メートルくらいにいる⼈たちの考え⽅を少し変えることができたなら、その⼈にとっての社会は変わると思っています。そうやって考え⽅を広めるためにデジタル部⾨を⽴ち上げたりもしながら、凸凹が活きる社会を創っていくために活動しているところです。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
早期療育に取り組む理由
——子供から大人まで広く支援をされている中で、なぜ児童支援といった早期からの療育を提供するのでしょうか。
療育を早期に取り組んだ⽅がいいのは、「積み重なる孤独の割合と⼼の傷を減らすため」です。
発達に凸凹のある⼦というのは、周りと同じように優しさを持ち合わせているのに、その考え方の順番が違うだけで「なんで最初に⼤丈夫って思えないの?」と⾔われてしまうんですね。脳みそがそういうふうにできていて、そう考えたように話しているだけだから、なんで?と⾔われても彼らには分からないんですよ。「僕だってすごく⼼配しているよ?」と思っているのに、「⼼配しているなら先に⼤丈夫?って言うべきでしょう?」と責められて、周りもうんうんと頷いている。そんな状態が何回も繰り返される結果、⾃閉症の⼦ども達は「周りと考え⽅の違う⾃分の頭はおかしいんだ」という結論にならざるを得なくなってしまうんです。
そうやって分かりもしない「なんで」をたくさんぶつけられることによって、⼼のダメージが蓄積されていくと、もうある程度以上のダメージを負った時には、そのダメージを負った⼼で⽣きていかないといけない状態に固定されてしまうんですよね。そうして、⾃分が何かをすると周りからを批判される、という傷を負ってしまうと、失敗してもいいやという考え⽅や、周りが受け⼊れてくれるから⼤丈夫だという考え⽅、⾃分のやりたいことを⾃分で決めてやっていこう!という前向きな感覚というのはすごく持ちにくくなってしまいます。そして「これ以上のダメージを負うと、もう⼼が死んでしまうかもしれない」という状態になったら、もはやアクティブな⾏動はできなくなってしまうんです。
だから、⼼が死んでしまう前に、そういう環境を無くさないといけない。学校でも家庭でも全ての場所で否定され続けてしまったら「⾃分はおかしいんだ」と思うしかないですが、もう⼀つ⾃分には居場所があって、そこでは「君はおかしくないんだよ、ここの⼈達はそれを分かっているから⼤丈夫だよ」と伝えられる場所があったら、そこまで傷つかなかったり、傷ついても回復する場所ができたり、と⽣きていきやすくすることができると思っています。
⼤⼈になった頃には、もう⼼にかなりのダメージを負ってしまっているので、ここから回復するのはすごく難しくなってしまいます。⼩学校に進学し集団⽣活が始まるとそういった傷を負いやすくなってしまうので、それらを回避する場所を早く作ってあげるのが⼤事なんです。
療育を早くやった⽅がより改善される、といった理由ではなく、⼼のダメージを積み重なる前に逃げ場を作っておく。そのためにこそ早期療育が必要なのです。これは勘違いしてはいけないと思っています。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
視覚認知と発達障害
——ハッピーテラスキッズやハッピーテラスといった児童支援を行っている中で、現場での課題というのはどのようなものがありますか?
まず、発達障害をもつ子ども達自身の困りごととして、「周りからの評価が⾮常に受けにくい」ということが挙げられます。 ⼩学⽣の頃、みんなの⼈気者というのは⼤抵「運動ができる⼦」や「⾯⽩い⼦」だったりしませんでしたか?この⾝体能⼒とコミュニケーション能⼒というのは、発達障害の⼦ども達が弱くなりやすい2大要素なんです。
彼らは多数派の⼈と脳の作りが異なると先ほどお話しましたが、発達障害を持つ子ども達は、同様に脳の仕組みによって、運動が不得意になることが多いのです。厳密には運動というよりも、「⽬で⾒たものをアウトプットする」能⼒が弱くなりやすい、もう少し細かく言うと「⽬で⾒たものに⾃分の体の動きを連携させていく」ということが苦⼿になりやすいんです。当然、運動ができにくくなりますね。これによって、「みんなの人気者」にはなりにくくなります。
また、自閉症は、コミュニケーションの障害とも言われ、考え方の違いから、周囲と円滑なコミュニケーションをとることが難しくなります。ということは、周りから「からかわれる」ことはあっても、周りの人が「面白いと思うであろうこと」を予想し、それを自然に行う、ということはなかなかできません。結果として、面白いことをやろうとしても周りをポカンとさせてしまい、当然これも「みんなの人気者」にはなれなくなってしまう。
こういったことが続くと、「学校ではみんなできていることが⾃分だけできない」という状態に直⾯してしまい、それが孤独感へとつながっていきます。先ほどもお話したように、⼈間は群れで⽣きていくように進化した動物ですから、孤独感というの群れにいられないという感覚、つまり死と同然なんです。
この2つのうち、運動の機能に非常に大きく関わるものに、視機能が挙げられるんです。発達障害をもつ子ども達の運動機能が弱い原因の一つが、この視機能の弱さだと言われています。しかし、この機能はなかなか素人が測ることができません。それがもし測定できたなら、この⼦は⽬の機能に問題がありそうですねと教えてあげることが出来たり、⽬医者さんに⾏ったらなんとかなるかもしれないよと可能性の選択肢が増やせたり、発達障害を持つ⼦ども達のためにすごくなるのにな、と思っていました。
だから今回、このde.Sukasuという視覚認知能⼒の測定ができるというツールには実はものすごく注⽬しているんです。 本当は、「⽬で⾒た通りに動きが再現できなくてもいいじゃん」という世の中を創っていかなければいけないと思っています。別に⾶び箱が思い通りに⾶べなくてもいいじゃん。ダンスが下⼿でもいいじゃん。そんなふうに受け⼊れられる社会も同時に創っていくことが必要です。でもそれだけでは現実的にうまくいかないかもしれないし、孤独かどうかは別として⼦供達も⾶び箱を⾶びたい、ダンスをしたいと思っているかもしれないじゃないですか。
周りができなくてもいいんだよと肯定してくれたとしても、⾶び箱を⾶べたら気持ちいいし、うまく踊れたらかっこいいし、ともっと今よりも楽しく幸せになれるかもしれない。そういった両⾯で考えた時に、やはりこのような視覚認知能⼒を測れるがツールがあるのは、すごくいいなと⽀援の専⾨家としては思うわけです。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
de.Sukasuの導入とデコボコベースのこれから
——現場の課題の中で「視覚認知」というワードが出ましたが、この観点における今後の展望や、de.Sukasuに期待することなどがあればお教えください。
僕は発達障害を持つ⼦ども達を⾒る時に、「⽬の動き」にすごく注⽬するんです。⼦ども達にとって運動とおしゃべりという⼆つの要素は、コミュニティで過ごす上でのサバイバル能⼒にすごく関わってきます。なのでそれらが視機能の問題によってうまくいかないというのはやはり孤独に繋がってしまいますし、それらの改善のきっかけになるかもしれないというツールは導⼊しない理由がないと思いました。
⽬の機能に関する問題を診られる眼科というのは全国でも本当に数えるほどしかなかったり、有名な眼科では診察に半年待ちと⾔われてしまったりというのが現状なんです。⼀⽣懸命な親御さんはそのために何ヶ⽉も待って通ったりされますが、全ての保護者の⽅がそうはいきません。ですがこのde.Sukasuをうちの施設で⼦ども達が体験した時に「こんなふうに⽬の機能に課題があるかもしれませんよ」とお伝えすることが出来たら、眼科のために半年待たなくても、⼀⽣懸命な気持ちがあってもなくても、今後の⽀援⽅針を⽴てることができます。
⼦どもの時間は有限なので、親御さんに⼀⽣懸命になってもらうための取り組みをしたり、眼科のために⻑期間待ったりということをしなくても、こういったツールでエビデンスに基づいた⽀援⽅針を⽴てられるのなら ば、それは⼀刻も早く導⼊した⽅がいいと思い、今回利⽤を決めました。僕はこのde.Sukasuを通して、⼦供達の⽬の機能と発達障害を持っているとよく出てくる症状や困りごとを関連付けし、それらに対して⼿が打てるツールに進化するといいなと考えています。こういう数字が出ているから、今後恐らくこんな困り事が出てきますよ、という予測であったり、今直⾯しているこの困り事は恐らく⽬の機能にこ んな課題がありそうですよ、というフィードバックをしてあげられたら、と願っています。
先ほど発達障害の⼦供達は、周囲からの「なんで」という⾔葉をたくさん浴びることで⼼にダメージを負うというお話をしましたが、これは保護者からもよく⾔われてしまう⾔葉なんです。お⺟さんが⼦どもを叱る時というのはこの「なんで」という⾔葉をものすごく使いがちなのですが、これっていうのは単純に「お⺟さんもなぜなのか理由が分からないから」聞いてしまうんですよね。そこにあるのは、お母さん自身の不安であったり、焦りであったりするんです。でもそこでこのde.Sukasuを使うことで、「課題の原因は恐らく⽬の機能です」ということが分かったら、多分「なんで」と叱る回数は減ると思うんです。
保護者の⽅達は予測不能な⾏動ばかりをする⼦供のことを分かってあげたいと思っています。幸せに育って欲しいとも思っているし、⼤事な存在です。でも⾃分が思い描いていたことと違う⾏動をするから、なんで、なんで、と思ってしまうんです。そういう時にきちんと理由つきで、こういう機能が弱いから鍛える必要がありますよ、こんな困り事がこれから起きるかもしれませんよ、と予測が可能になったら、なんで、と責めることは無くなってくると思います。⼦供にとって「親と分かり合えない」というのは強烈な孤独です。だから、このde.Sukasuでそういった孤独を減らすお⼿伝いをしてあげたいと思っています。
de.Sukasuは、道具としてとても便利だという話だと思うのですが、結局その本質はなんなのかといったら 「これがあることで⼈々が理解し合える」ということなのですね。
他の⼈が⾒えているものがこのツールで可視化されることで、これまで勝⼿にみんな同じだと思い込んでいたものが実は違う、といった、多様性のようなものを⼈々に理解してもらうきっかけになるでしょう。そうなれば、これまで「なんであいつはこうじゃないんだ?」と責められ孤独だった⼈が「あいつが違うのはこう⾒えてるからなんだな」と理解してもらえるようになる。そうやって世界でほんの少しでも理解し合えることが増えたら、孤独の量はちょっとずつ減らせるんじゃないかと思うんです。
⼈の視覚を数量化して可視化できる技術というのはとてもすごいと思いますし、そういうツールを使って、⼈々が理解し合える社会を創っていくのが、支援者の役目だと思っています。
PHOTOGRAPH: JUKAN TATEISI
——これまで排除の対象とされていた人々の特性を凸凹と呼び、彼らの凸凹が否定されることなく理解される世の中を創りたい、と語る北川氏。昨今では多様性と謳われる機会が増えつつあるものの、互いの違いを認識し、理解することはそう容易ではないように感じる。
各個人が社会のマジョリティに合わせ、「普通」になろうとしなければならなかった世の中から、社会が個性に合わせ、個性が自律する世の中を創る。そんな凸凹が活きる未来を目指す氏の野望こそが、弊社の掲げるミッションである「優劣でなく個性に寄り添う社会の実現」なのではないだろうか。
de.Sukasuを用いて相互の違いを透かし、個性を理解し合える社会を目指す我々の取り組みが、氏の掲げる凸凹が活きる未来の実現につながる。このような共感と尊重を基盤とする取り組みを、互いを理解し合える社会への一歩として歩んでいきたい。
(Interview and text by Rina Miura)
Comments